Fさんの日々の記録と山歩き

団塊世代の山好き爺さん。写真の猫は天国へ逝ったハナとキキ

日高市の巾着田は、曼殊沙華(彼岸花)祭り開催中

 9月30日(水)

 「昨日の雨で水溜りができて、今日はコートが使用できません」とテニスクラブからLINEの連絡が入った。テニスの予定が無くなって、さて今日は何をしようかと思案にくれた時、数日前にNHKテレビが「巾着田の曼殊沙華が花見頃」とニュースで流していたのを思い出した。

 日高市の「巾着田」は、高麗川の川筋が上空から俯瞰すると、まるで巾着のような形をしている事からその名がつけられた。その巾着田の公園に彼岸花(曼殊沙華)の大群落がある事は以前から知られている。

 秋になるとその彼岸花が一斉に開花して、美しい紅い花の風景が広がる。最近はテレビなどで盛んに報道されたので、観光名所として年々人気が高まっている。

 巾着田までは、我が家から車で30分ほどの距離。彼岸花見物は過去に何度か訪れているが、ブログのネタになりそうなので今年も行ってみる事にした。

 巾着田の駐車場は混んでいるし有料(500円)なので、1.7キロほど離れた日高市総合福祉センターの駐車場へ車を停めて、そこから20分ほど歩いて巾着田へ向かった。

 あいあい橋を渡り、巾着田の曼殊沙華公園入口で入場料500円を払う。平日で天気もパッとしないのに、公園は多くの行楽客で賑わっていた。去年と比べると外国人の多さが目立つ。

高麗川越しに曼殊沙華の花が見えてきた

 公園内は彼岸花(曼殊沙華)が見頃を迎え、紅い絨毯を敷き詰めたように咲き誇っていた。写真を撮るだけが目的なので、足早に公園内を巡り歩く。よく見ると枯れ始めた花々も多く、開花のピークはどうやら過ぎているような感じだ。

曼殊沙華公園入口

枯れ始めている群落

いつもは流水の少ない高麗川も長雨で増水し、ドレミハ橋も渡れそうに無い

 公園のイベント広場では、フードエリアの出店から美味しそうな匂いが漂っている。旨いツマミを片手に生ビールを一杯、そんな誘惑に駆られたが、車で来ているので自重した。

イベント広場の出店

お猿さんも熱演中

 園内の端から端まで40分ほど巡った後、公園を後にした。巾着田の曼殊沙華祭りは10月6日まで、美しい花風景はインスタ映えします。興味ある方はお越しください。

 

 

山梨県、大菩薩嶺ハイキング

9月25日(金)    天気=曇り

08:12上日川峠駐車場→ 08:30~39福ちゃん荘→ 09:33~48雷岩→ 09:53~59大菩薩嶺→ 10:05~08雷岩→ 10:32~37賽の河原→ 10:52~11:07大菩薩峠→ 11:41~46福ちゃん荘→ 11:58上日川峠駐車場

 雨ばかりだった9月は、まだ一度も山へ出掛けていない。25日の予報は雨マークが無かったので、手軽に登れて標高の高い大菩薩嶺を登る事にした。朝5時半頃車で我が家を出発し、圏央道~中央道を経由して8時頃登山口がある上日川峠へ着いた。

上日川峠、ロッジ長兵衛前の登山口

 上空は灰色雲に覆われて今にも雨が降りそうな天気、あまり気分が乗らぬまま登山口を出発する。登山口から緩やかに登る林道を20分程歩いて、営業小屋の福ちゃん荘へ着く。ここから左手に大菩薩嶺への登山道が始まり、稜線の雷岩に向けて唐松尾根を登って行く。

福ちゃん荘へ向かう林道

福ちゃん荘

 最初は緩やかだったが、だんだん急坂の道に変わっていく。しばらくすると上から元気な若者3人組が降りて来て、上に熊が居たけど、やっつけときましたから、何てつまらぬジョークを言いながら勢いよく通り過ぎて行った。

唐松尾根の緩やかな道

だんだん急坂に変わる

雷岩直下の急登

 福ちゃん荘から1時間ほどで、稜線上の雷岩へ着いた。辺りは霧が立ち込めて冷たい風が尾根を吹き抜ける。休む気にはなれず、一息入れただけで左へ曲がって大菩薩嶺へ道に入る。緩やかな道を数分辿ると呆気なく大菩薩嶺(2057m)に着いた。

雷岩

大菩薩嶺へ向かう道

 大菩薩嶺は日本百名山の一座に加わる名山だが、残念ながら周囲を樹林に覆われて展望は全く無い。いつもは登山者の絶えない山頂だが、今日は珍しく誰一人居なかった。

大菩薩嶺山頂

 大菩薩嶺から雷岩へ戻り、霧の稜線を大菩薩峠へ向けて歩いて行く。ここは展望の良い快適な尾根道なのだが、今日は景色も見えず霧の中を淡々と進んで行く。

霧の尾根道

 やがて前方に、避難小屋が建つ鞍部が見えてきた。ここは昔の大菩薩峠で、今は賽の河原と呼ばれている。賽の河原を後に親不知ノ頭のピークを越えると、眼下に大菩薩峠と峠の山小屋、介山荘が見えた。

前方に賽の河原の避難小屋が見えた

賽の河原の避難小屋(昔はここが峠だった)

賽の河原から大菩薩峠へ向かう

右手眼下に、上日川ダムの大菩薩湖が見えた

前方に大菩薩峠と介山荘が現れた

 大菩薩峠は映画にもなった古典小説「大菩薩峠」の舞台となった場所で、江戸と甲斐の国を結ぶ昔からの裏街道でもあった。「介山荘」が営業中だったのでコーヒーでもと注文したが、「スイマセン、今品切れ中なんです」と山小屋の人に断られてしまった。隣の休憩処で、軽く栄養補給する。

大菩薩峠

 食事を終えると峠を後に、上日川峠へ向けて」峠道を降って行く。軽トラックも走行できるくらい広くて緩やかな道は実に歩き易く、足が勝手に進んで行くようだ。

峠から上日川峠へ降る

今頃、陽が差してきた

道沿いの苔と笹の美しい樹林帯

 峠道沿いに建つ2軒の山小屋「勝縁荘」と「富士見荘」は久しく休業中のようで人影が無かった。天気は上向きのようで今頃になって時折り陽が差してきた。

勝縁荘傍の橋を渡ると林道に変わる

 やがて前方に福ちゃん荘の建物が現れ、そこから林道を降ってお昼前に上日川峠へ戻って来た。車に乗ると、麓の日帰り温泉「大菩薩乃湯」へ向かう。大菩薩乃湯の入浴料金は700円今時にしてリーズナブル、時間が早かったせいか浴場は閑散としていた。

福ちゃん荘へ戻って来た

上日川峠へ到着

大菩薩乃湯(安くて露天風呂も有り、良い温泉でした)

 今日冷んやりとした曇り空で景色は楽しめなかったが、大して汗も掻かずある意味良いハイキング日和だった。帰りは時間が早かったので、柳沢峠を越えて奥多摩へ向かう国道411号経由で帰宅した。

 途中通過した奥多摩湖は、初夏の頃まで渇水で上流部の湖底が露出してたのに、今は湖面に満々と水を湛えている。これも長雨の影響か、取りあえず都民の水瓶は当分心配無さそうです。

青梅市の宗建寺へお墓参り

 9月24日(木)

 シルバーウイークの5連休が明けた翌日は秋の青空が広がったので、妻の実家のお墓がある青梅市の宗建寺へお墓参りに出掛けた。青梅へ向かう道沿いには、紅い彼岸花が点々と咲いていて、季節は秋へと移ろいつつある事を実感する。

 宗建寺へ着き境内へ足を踏み入れると、平日なのに好天に誘われたのか参拝の人々が幾組も居た。実家のお墓には既にお花が供えられ、綺麗に掃除もされていた。我々も持参したお花とお線香を捧げ、頭を垂れて合掌した。

宗建寺前門

宗建寺本堂

 お墓参りを終えて何処かでも食事でもと思ったが、いつも訪れている吉野梅郷の紅梅苑や御岳の澤乃井園は、5連休翌日のせいか休業中。仕方が無いので我が家へ戻る道筋の、飯能市の「発酵食品テーマパークOHH!!」へ立ち寄って、ここで一番人気の漬物ランチを頂いた。

飯能市の発酵食品テーマパークOH!!(食堂、売店、ベーカリーなどがある)

 考えてみれば我々夫婦も、何時あの世へ逝ってもおかしくない年齢になった。私の寿命が尽きた時は、俗世で汚れた魂は風となり、灰となった身は山か海の自然に還元して、きれいさっぱり消えたいと願っている。

 その為に自然葬の会にも入会しているが、あの世から誘いの声はまだ私の耳もとへは聞こえてこない。もうしばらくは、平穏なこの世の日々を楽しませてください・・と、ご先祖の御霊にお願いした。

東京都心は、巨大コンクリートと喧騒に満ちた街

 9月22日(火)

 NHK公開テレビ番組「きみまるハウス」観覧の為、久しぶりに渋谷のNHKホールを訪れた。考えてみたら、去年2月に日比谷のTOHOシネマズへ映画を観に出掛けて以来1年半ぶりの都内だった。

 久々の東京なので早めに我が家を出て、チョット都内散策をしてみる事にした。最初に向かったのは東京駅、実を言えば私、20年くらい前に東京駅の近くで1年ばかり働いていた過去がある。

 20年前に比べると東京駅周辺は、雨後の竹の子みたいに高層ビルがアチラコチラに聳え立ち、すっかり様変わりしている。私の過って勤務していた場所も、何処に在ったのか跡形も無く消え去っていた。

東京駅丸の内口

皇居前広場

東京駅から皇居へ向かう路上には銀杏がたくさん落ちていたけど誰も見向きもしない。

 お昼過ぎ、妻と待ち合わせをしていた新丸ビル5Fの韓国料理店「水刺間(スラガン)でランチを食べる。ゴージャスな雰囲気に少々ビビったが、ランチ定食は2000円前後と、意外とリーズナブルな料金であった。 

丸の内口、新丸ビルの威容

5階の韓国料理店「水刺間」で順番待ちの列に並ぶ

 食事を終えると、妻が「軽登山靴」を買いたいと言うので、東京駅八重洲口の大丸デパート11階に在る「石井スポーツ」と、京橋付近の「モンベル」を巡り歩いた。結局妻は、モンベルで気に入った靴を見つけて購入した。

大丸デパートの入口で、秋田県のナマハゲが観光PRに励んでいた。

モンベル京橋店の靴売り場 


 その後地下鉄で京橋から表参道へ移動、別に目的は無かったが、公開番組開演まで時間に余裕があったので、原宿界隈をブラブラと歩いた。東京駅周辺の人出も凄かったが、原宿界隈はまるでお祭り騒ぎのような賑わいで、群衆の多さに圧倒された。

原宿の表参道ヒルズ

原宿の神宮前交差点は人波で横断するのも一苦労

 開演時間が迫ってきたので、JR山手線に架かる五輪橋を渡ってNHKホールへ向かう。五輪橋の傍に在る代々木体育館では、何かイベントでもやっているのか多くの屋台も出て、こちらも凄い賑わいだった。

五輪橋から渋谷の高層ビル群

代々木体育館も凄い人出で盛り上がっていた。

 開演30分前のNHKホールに到着し、客席に座った時には一山登り終えたような疲れを覚えた。絶えず変貌する東京は、巨大コンクリートと喧騒に満ちた街で、何処へ行っても落ち着けない気分になる。遊びに行くのは良いけれど、此処へ住みたいとは全然思わない。

ようやくNHKホールに到着

 

NHKの公開番組「きみまるハウス」を観覧してYMCAを踊る

 だいぶ前からNHKホームページのイベント情報を見て、観覧募集中の公開番組を「ヘタな鉄砲の数打ちゃ当たる」で、片っ端から応募している。以前は時々当選して観覧できたのに、コロナ過以降は全く当たらなくなった。

 ところが先日、たまたま応募していた「きみまるハウス」という公開番組の当選メールが、NHKから送られてきた。「きみまるハウス」は子供向けテレビ番組で観た事など無かったが、出演者の一人パパ役の村山輝星(キララ)ちゃんを子役時代から知っておりファンでもあったので、生の彼女を見たくて応募していたのです。

 番組収録の当日、会場のNHKホールを久しぶりに訪れた。入館すると若い家族連れやチビッ子達の歓声で賑わっていた。我々夫婦の指定された席は、舞台から遠く離れた2階席の端っこ、カメラ映えせぬ老人だからと、バッドな席へ追いやられたのではと僻み心が湧いた。

 17時15分、いよいよ番組が華やかに開演した。たかが子供番組と甘くみていたが、歌有りコント有り客席との触れ合いもあってミュージカルをライブで見ているような迫力があった。メインで歌を披露してくれたのはゲストの斉藤アリーナさん、初めて知る女性歌手だったが、彼女の素晴らしい歌声にすっかり魅了された。

 出演者たちの熱演でとても楽しい観覧だったが、時々出演者から客席へ、「皆さ~ん、両手で頭の上に輪ッカを作って~」とか「西城秀樹のヒット曲YMCAの振りを皆さんとご一緒に~」などと求められ、ノリのいいチビッ子どもと一緒に我々老夫婦もその振りを演じさせられるのだが、正直少々こっ恥ずかしくて勘弁して欲しいと思った。

 公開番組「きみまるハウス」の収録は、開演から約1時間半後の18時40分頃終了した。勿論カーテンコールなど無く、幕が降りれば観客は潮が引くように会場を後にした。

 遠く埼玉からやって来て久々のNHKホールだったが、やっぱり生で観るのはテレビじゃ味わえぬ迫力がありました。生のキララちゃんも身近で見る事ができたし、楽しい1時間半の観劇でした。

 この番組は10月27日と11月24日の午後7時から30分間Eテレで放映されるとの事。ひょっとしたら我々夫婦がYMCAを踊っている姿が小さく映ってるかもしれないので、普段は観ないEテレだけど見逃すわけにはいかない。

 

シルバーウィークの連休に台風25号襲来

 9月21日(月)

 楽しいシルバーウイークの5連休を邪魔する如く、台風25号が日本列島へやって来た。関東平野への直撃は免れたものの、神奈川県や千葉県などで大きな水害が発生した。

9月21日午後3時過ぎの雨雲レーダー

その頃の我が家付近天気(雨は降っていたが、風は殆ど無い)

 私の住む埼玉でも、数年前に近くの街が浸水被害を受けたので不安な思いで過ごしたが、幸いに・・と言っては被害に遭われた方々へ申し訳ないが、雨風共に大した事は無く台風が通り過ぎていった。

 そんな中、テレビのニュースを見ていたら、ハザードマップや河川図が画面に映し出された。この河川図何かで見たような?そうだ人体を流れる血管図にそっくりじゃないかと思い至った。

関東地方の河川図

 水位が高くなると川が水害を引き起こすように、血圧が高くなると血管が破れて心筋梗塞や脳梗塞などの病いを引き起こす。しかし、川は復旧工事を完了すれば元通りになるけれど、破れた血管は重い後遺症を身体に残し、時には死に至る事もある。

 年老いた私は血圧や血糖値、コレストロール値がやや高め、血管も相当老朽化しているはずだ。水害は怖いけれど、何時発生するか分からぬ血液の氾濫の方がもっと怖ろしい。テレビに映る河川図を見ながらそんな不安な黒雲が頭に重く浮かんだ。

後期高齢者になっても、私がジョギングを止めない理由

 毎日毎日、雨ばかりの鬱陶しい日々が続いている。こんな天気じゃテニスや山歩きもできないので、このところ雨の合間を縫ってはジョギングに精をだしている。

 ジョギングは運動靴一足あればできるから、大して金の掛からぬスポーツです。難点は忍耐力ばかり強いられて、プレーに面白みが無い事だろうか。それでも若い頃なら、調子が良ければランニングハイになり、走る爽快感も味わえたけれど、要介護目前の老脚では足に重りが付いたようで、何だか苦行しているような気分しか味わえない。

 そんな老脚のジョギングに遣り甲斐はあるのかと問われれば、全く無い訳でもありません。先日の出来事だが、雨に濡れた路上をヨタヨタと走っていたら、自転車に乗った若い外国人女性二人が、すれ違う時に「ガンバッテくださ~い」と明るい声でエールを送ってくれた。

 思わず私も「アリガト―」と応えたけれど、彼女達はきっと息も絶え絶えに走る老人の姿に、ピュアな乙女の同情心が掻き立てられたに違いない。

 それ以前にも、ジョギングを終えて我がマンションのエレベーターに乗った時、居合わせた高校生くらいの娘さんから、「毎日走ってますね」と声を掛けてもらった事もあった。

 その他にも、それ程若く無い元娘さん達からも、時々「頑張ってますね」などとお声がけを頂く事もあります。これらも私にとってはありがたいエールです。

 後期高齢者になった今でも悟りの境地に至れず煩悩にドップリ浸かった老人なので、老若問わず女性に応援して頂くと、嬉しくなって足も少しばかり軽くなる。こんな事がたまにあるから、私はジョギングを続けているのかも知れません。

ある日のランニング記録

 

日本三百名山回顧№153長野県、入笠山(3百名山)

 入笠山は南アルプスの北端に聳える山で、昔からハイキングの山として人気があった。今では山麓に富士見パノラマリゾートスキー場ができ、四季を通じて行楽の人で賑わいを見せています。

 スキー場のゴンドラを利用すれば山頂駅から1時間ほどで入笠山を登る事ができ、山頂からは北&中央&南アルプスを始め、信州の名立たる山々を展望する事ができます。

 私が初めて入笠山を登ったのは昭和54年3月18日、アルバムに残された写真に登頂日が記されていた。あの頃私は、よく夜行列車に乗って中央沿線の山々を訪れていて、入笠山もそんな山の一つでした。当時はスキー場やゴンドラなどは存在せず、中央本線の青柳駅から歩き始めて、入笠山を目指しました。

 残雪を踏みしめて登る道程はけっこう遠かったが、山頂近くには営業の山小屋も在り、静かな中にも明るい雰囲気の山でした。高曇りの山頂からは雪を纏った信州の山々を見渡す事ができ、満ち足りた思いが残る単独の山旅でした。

昭和54年3月18日(日) 中央本線青柳駅から入笠山往復登山

 

入笠山山頂から南アルプス方面

山頂から八ヶ岳方面

山頂から中央アルプス方面

大阿原湿原へ向かう道

大阿原湿原

 最初の登山から45年後の令和6年11月11日に、妻と二人でゴンドラ利用の楽ちん登山で、入笠山を再訪しました。その時の山行は古いブログに掲載済みですが、下記に転載してみます。

令和6年11月11日(月) 入笠山ハイキング

11月11日(月)    天気=曇り後晴れ

09:01ゴンドラ山頂駅→ 09:27~30マナスル山荘→ 09:52~10:21入笠山→ 10:44首切清水→ 10:55~11:33大阿原湿原→ 11:42首切清水→ 12:27ゴンドラ山頂駅

 

 各地で紅葉の便りが聞こえてくるようになった。それに誘われた訳でも無いが、雪が降る前に秋の山を楽しもうと信州の入笠山登山に出掛けた。早朝我が家を出発し、圏央道~中央道を経由して、登山口となる富士見パノラマスキー場へ着いた。

 上空は雲に覆われている。しかし朝一番のゴンドラに乗って標高を上げて行くと、雲を突破して雲海の広がる山頂駅へ着いた。ここがスキーゲレンデの最上部だが、グリーンシーズンの今はマウンテンバイクのロードコースになっていた。

朝一番のゴンドラに乗る

ゴンドラ山頂駅から八ヶ岳連峰

山頂駅前の展望広場


 
山頂駅を出発し、しばらく歩くと入笠湿原に降り着いた。この湿原晩秋の今は枯れて彩褪せた草原だが、初夏の頃にはスズランの群落が見られるという。湿原の奥に山小屋風の食事処「山彦荘」が在るが、早朝の今は人の気配が無かった。

入笠湿原入口の看板

入笠湿原

入笠湿原傍に建つ山彦荘

 山彦荘からしばらく進むと、天文ドームが在るマナスル山荘に着く。ここは天体望遠鏡を持つ山小屋風の宿で、一度此処で望遠鏡を覗いてみたいと以前から気になっていた場所です。

マナスル山荘

 マナスル山荘から入笠山へ登山道に入り、直登コースを22分ほど登って、入笠山へ着いた。広々とした山頂は360度の展望で、信州の名立たる雄山名峰を望む事ができる。中でも眼前に広がる八ヶ岳連峰の眺めが圧巻です。

入笠山登山口

入笠山山頂

山頂から中央アルプス方面

山頂から北アルプス方面

山頂から八ヶ岳連峰

 休憩を終えると、山頂を後に大阿原湿原への道に入る。登山道を降り着いた鞍部が仏平峠で、その近くに首切清水という物騒な名の水場(江戸時代、高遠藩の家老が此処で盗賊に首を切られたという謂れがあるそう)が在った。首切清水から林道を10分ほど歩いて、大阿原湿原の入口に着いた。

仏平峠

首切り清水

道沿いの樹林帯

 ここは山上に広がる湿原で、訪れる人は殆ど居らず静寂に包まれた居心地の良い所でした。湿原の周回遊歩道コースをグルリと歩いて、湿原入口へ戻り、帰りは入笠山の山腹を巻く林道を歩いて、お昼過ぎにゴンドラ山頂駅に戻ってきた。

晩秋の大阿原湿原

同 上

同 上

苔むす湿原の歩道

ゴンドラで下山する

 山頂駅一帯は行楽の人やマウンテンバイクの人が大勢居て、観光リゾートの雰囲気です。入笠山の紅葉はあまりパッとせず、山麓のスキーゲレンデ付近が一番艶やかでした。

山麓駅付近の紅葉

 今日はお手軽ハイクのつもりだったが、終わって見ればけっこう歩きでがありました。これから諏訪湖畔の宿へ向かい、山友のF夫妻と合流し明日は塩尻市の霧訪山を登る予定です。天気も良さそうなので、秋の山歩きを満喫できそうです。

ヒマラヤの大洪水に見舞われたネパールに救援募金をする。

 今年の9月は、異常に雨の日が多い。ゲリラ豪雨による浸水被害が、国内のアチラコチラで頻繁に発生しています。異常気象は日本だけじゃ無く世界の各地で起きており、先日ネパールで発生した大洪水は、現実とは思えぬほど大規模で悲惨なものでした。

 ネパールは、8年前に最後の海外旅行で訪れた国です。その旅では、エベレストを始めとするヒマラヤの素晴らしい山岳展望にすっかり魅了されました。旅で出会った現地の人も、何処か日本人に似た雰囲気で、親しみやすい勤勉な人々でした。

カラパタールから望むエベレスト

エベレスト街道で重い荷物を運ぶ現地の人

 カトマンズのホテルでお世話になった従業員のオジサンは、「息子が沼津市で働いているんだ」と話しかけてくれ、タンボチェのお寺の前で出会った朴訥そうな青年は、「昔、千葉の方で働いていました。又日本へ行きたいです」と笑顔で話し、「ウェルカムだよ。カム、アゲイン」と私も応えた。

 ヒマラヤの山岳展望という素晴らしい観光資源を持ち人々も勤勉なのに、何故かネパールは世界の最貧国の一つに低迷している。そのネパールが、秋の観光シーズンを前にして、大洪水による壊滅的な自然災害を受けている。

 ネパールに親しみを持つ私としては何かせねばと思い、貧者の一灯で日本赤十字社を通じてネパール洪水にささやかな救援募金をした。ヒマラヤの美しい山々に抱かれた国ネパールが、災害から一日も早く復興する事を強く願うばかりです。

小さな公園に生えていた毒キノコ

 今年の9月は、やけに雨の多い日が続く。こんなにジメジメした天気じゃ湿気を好む苔やキノコが大喜びだなと思いつつ、近くの小さな公園を通りかかったら、あまり手入れをされていない公園内の草地に、見慣れぬキノコが点々と生えていた。

公園に生えていたオオシロカラカサタケ

 もし食用ならおかずの足しになりそうだが、見た目は不気味そうな感じがする。食用できるか否か、近所にキノコ採り名人でも居ればいいが・・しかしネット社会の今では、画像検索サイトという心強い味方がいる。

 さっそくパソコンにグーグル画像検索サイトを呼び出して、スマホで撮ったキノコの写真を投入してみた。すると公園のキノコは、高い確率で「オオシロカラカサタケ」という名前だと判明した。

 このキノコ、一見すると食用のカラカサタケに似ているが実は毒キノコ。摂取すると嘔吐や激しい下痢など胃腸中毒症状を引き起こすそうだ。元々は熱帯~亜熱帯に分布していたものが、地球温暖化の影響で日本にも分布するようになったという。

 だから公園に沢山生えてても、誰も手を付けようとはしなかった訳だ。でも中には無知、無謀、無頓着な輩が居て、採って食べたりしないだろうかという懸念もある。しかしこのキノコを喰って死んだという症例は無いようなので、「タダより高い物はないゾ」という痛い教訓を与える効果にはなるでしょう。

百円ショップダイソーで、一番ハマっているのが1個110円のおツマミ類

 我が家の近くに在るショッピングモール若葉ウォーク内の百円ショップ店ダイソーは、いつもお客さんで賑わっている。それも10代くらいの若いお客が多く、昔の駄菓子屋さん感覚で訪れているのかも知れない。

 大したものが売られている訳じゃ無し、百円ショップなど以前は全く興味が無かった。しかしリニューアルしたダイソーを興味本位で覗いてみたら、珍しい小品が様々あり、それからよく訪れるようになった。

若葉ウォークの百円ショップ店ダイソー

 そんなダイソーで今一番ハマっている商品は、1袋110円のおツマミ類です。買ったおツマミ類を何時どのように食べるかと言うと、テニスやジョギングで汗を流した後食事へ出掛けた時、当然生ビールが飲みたくなりますよね。

ダイソーのおツマミ

オマケで買った500円のミニ時計

 キンキンに冷えて泡立つ生ジョッキが目の前に置かれると、店員さんの様子を窺いつつ携行したおツマミをそっと小皿へ移し、ビールと共に頂けば、「アア~生きててよかった」と、束の間の至福時間が訪れます。

 「ツマミをお店へ持ち込むとは、イイ齢して何てセコイ奴だ」とお怒りの向きもあるでしょうが、物価高騰の折りこれも経費節減の一環で、年金渡世のわび住い、どうか広い心でお許しくだされ。

農産物直売所で梨を買い、ふなっしーを思い出す。

 今年の梅雨は大して雨が降らなかったのに、9月の戻り梅雨になったらそれを倍返しするかの如くマア雨の降る事降る事。今朝も空を見上げたら、雨雲が関東平野を厚布団のように覆っていた。

今朝も、ぶ厚い雨雲が横たわる。

 こんな天気じゃ遠出する気にもなれないが、野菜の買い出しがあったから、久々に東松山市のJA農産物直場所「いなほてらす」へ出掛けた。車を降りてお店へ向かうと、入口付近のテントが何やら賑わっていた。

 テントで売られていたのは、レタス(100円)、キャベツ(150円)、トウモロコシ(180円)などの安売り販売。新鮮採れたて野菜がこの安値、磁石のように吸い寄せられてレタスとキャベツを買った。

野菜の店頭安売り販売

 店内へ入ると、メインの棚を華々しく飾っていたのは旬の梨。東松山市には梨の果樹園が多く、隠れた梨の名産地なのです。まだ旬の走りのせいか価格は少々高めで4個入って1000円以上、それでもジューシーな味覚に誘われて1袋購入した。

今が旬の梨売り場

 梨と言えば、千葉県船橋市の着ぐるみキャラクター「ふなっしー」君は今何処にどうしているんだろうか?一頃はマスコットキャラクター界の人気者として、テレビでも大活躍していたけれど、最近はトンと見かけなくなった。

 旬を過ぎて梨の妖精界へ戻ってしまったのか、それとも地元で地道な活動をしているのか?あのアドリブが効いて俊敏でバカバカしいキャラクターは中々捨てがたい。再び旬となってテレビで活躍し、「梨汁、プッシュー」という陳腐なギャグを聞きたいものです。

「シェルパ斉藤の世界10大トレイル」を読んで生きる元気をもらう。

  紀行作家のシェルパ斉藤さんは、ウォーキング旅の達人としてもその名が知られている。彼の紀行文は、我々一般人レベルでもやれそうな優しい目線で書かれているので親しみを持っていた。

 そんな斉藤さんの著書「シェルパ斉藤の世界10大トレイル」という本を図書館で見つけたので、借りて読んでみたらこれが実に面白かったのでチョット紹介してみます。

 本の中では、彼が実際に歩いた世界的に有名な10カ所のコースが紹介されている。以下「ネパールのアンナプルナ・サーキット」、「フランス&スイスのオートルート」、「ペルーのインカ・トレイル」、「ニュージーランドのミルフォード・トラック」、「チリのトーレス・デル・パイネ・サーキット」、「エチオピアのシミエン・トレイル」、「米国のアパラチアン・トレイル」、「スウェーデンのクングスレーデン」、「スコットランドのウェストハイランド・ウェイ」、「オーストラリアのグレートオーシャン・ウォーク」

 いずれ劣らぬ、トレイルパッカー憧れの素晴らしいコースばかりです。「タラ・レバ」言っても何だけど、私があと20歳若かかったら、金と暇がもっとあれば、絶対に行って自分の足で歩いてみたかった。

 思い返せば今から17年前に、定年退職のメモリアルイベントとして日本縦断歩き旅を計画した。九州南端の佐多岬から約3000キロ余の道を歩き通して北海道北端の宗谷岬に到着した時は、友人達から祝福されこの上ない達成感があった。

2009年9月23日宗谷岬到達

 あの時は歩いても歩いても目の前には果てしなく道が続き、疲れや足の痛みがある時は辛い思いもしたけれど、心が折れる事は無く毎日がシンプルで充実感に満たされた日々でした。この本を読んであの頃の懐かしい思い出が蘇り、生きる勇気と元気が湧いてきました。

安さに釣られて、特売のランニングシューズを買う

 「ウォーキングシューズを見に行きたいんだけど」と言う妻の声を受けて、近場のスポーツ用品店巡りに出掛けた。1軒目のゼビオでは気に入った靴は見つからず、国道407号沿いに在るカムイへ向かった。 2軒目のカムイでも、デザインに煩い妻の要求に見合う靴は中々見つからない。

 そんな中、「在庫限り、取寄せ不可、箱無しお買い得品」と商札に書かれたナイキ製のランニングシューズが目に入った。

 デザインも私好みで、¥14,950円のところ税込み9999円で売られている。「これ良いなあ」と思っていたら、「いいんじゃない。買えば?」と、自分のものは決められないくせに妻がアッサリ呟いた。その声にプッシュされて、プールのスタート台から飛び込む気持ちで買う事にした。

 

 買った翌日にさっそく試運転、履き心地は中々良好。今年12月に参加予定の小川和紙マラソンでこれを履けば、去年より良い記録で走れるかも・・何て淡い期待が浮かんだ。

 ルンルン気分で気持ち良く走っていたら、後ろから小柄な中学生くらいの女の子が、ランニング姿で私に追いついて、涼しい顔して私を追い越しスルスルと小さくなっていった。

 「老いては女子中学生に従い」か😘・・・故岡本画伯の名言に「ゲージュツは爆発だ」という言葉があるけれど、私の場合「ゲンジツは残酷だ」という気分です。

卵とバナナは物価高時代の優等生

   来年4月に食料品の消費税が8%から1%へ減税されるらしいけど、今年になっても食料品の値上がり攻勢が止まらない。私の好物であるイカ缶詰や納豆も、数年前に比べれば約50%以上アップした。

 テレビのニュースでも、買い物カゴを持ったオバチャンが「何でもかんでも値上がりして、これじゃこっちが根を上げちゃうわ」何て言ってる街頭インタビューを幾度も見たことか。

 怒涛の値上がりが続く食料品だが、果たして全ての食品がそうなのだろうか?中には割安になってる食品だってあるんじゃないか?・・そう思ってチョット考察してみたら、二つの食品が頭に浮かんだ。それは「卵」と「バナナ」です。

 私が子供頃、卵は高級品で庶民の口には中々入らない食品だった。卵小売店のヌカが詰まった木箱の中に卵が入れられて、1個づつ個別で売られていた。貧乏だった我が家では食べられるのは、病気になって床に伏してた時か祝い事がある時くらい、運動会の弁当箱に卵焼きが入っていて、目玉が飛び出るくらい美味かったのを今だに覚えている。

 その頃のバナナも同様に高級果物で、普段はお目にかかる事など殆ど無かった。入院お見舞品の定番で、入院した時くらいしか食べられるチャンスは無かった。

 そして歳月が過ぎた現在では、朝日新聞の記事によれば「日本人は1年間に約300個超の卵を食べて、世界で最も卵好きな国民」と書かれるくらい、誰もが食べる庶民の食品へ変わった。

 高級品だったバナナも、今では1房4~5本付いたものが百数十円ほどで売られ、数ある果物の中でも、最も安い果物になっている。

 そんなに割安なのに、卵やバナナは栄養・ミネラル豊富な健康食品。我が家では卵は茹で卵にして、バナナはヨーグルトに混ぜて毎朝欠かさず食べています。特にバナナは、登山の行動食やマラソン大会を走る時に、絶対欠かせぬ必須食品です。

 安くて美味くて栄養豊富な卵とバナナは、物価高時代の優等生&庶民の味方。沢山食べて健康的な食生活を守り、荒波高く厳しい世の中を生き抜いていきましょう。